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京都館

デザイナーやエンジニアが、
京都の「ちゃかぽん」に魅かれる理由。

「ちゃかぽん」を、ご存知だろうか?
江戸時代に隆盛を極めた「茶(ちゃ)」と「和歌(か)」と「能(ぽん=鼓の音色)」という日本の伝統文化をつなげた言葉。この「ちゃかぽん」をキーワードに、国内外に日本文化の趣を発信、伝授しているのが、京都に残る江戸時代中期の学問所址で活動を行っている『有斐斎弘道館』。
今、ここにデザイナーやITエンジニアなど“とがった”人々がこぞって集まっているという。その理由とは――?
3月19日、東京八重洲の『ダイアゴナルラン東京』に、弘道館のお二人と、デザインとITの最前線で活躍されている識者二人が登壇。弘道館と茶事などの伝統文化、ひいては京都が培った本当の価値と未来像について、クロストークが繰り広げられた。
 

<プロフィール>

右:濱崎加奈子さん・有斐斎弘道館館長

京都大学文学部美学美術史学卒業。東京大学大学院博士課程修了。学術博士。公益財団法人有斐斎弘道館の代表理事で伝統文化プロデュース連を主宰。また専修大学文学部准教授、北野天満宮和歌撰者、京都観光おもてなし大使など多方面で活動。著書に『香道の美学』『平成のちゃかぽん』(太田氏との共著)等

中右:太田宗達さん・有斐斎弘道館 代表理事/有職菓子御調進所 老松 主人

茶人、工学博士。立命館大学非常勤講師。有斐斎弘道館をベースに、国内はもとより海外でも話題になる茶会を数多く開催する。NHK「きょうの料理」「ようこそ先輩」「美の壷」など出演多数。主な著書に『懐石と菓子』『源氏物語の菓子』『平成のちゃかぽん』(濱崎氏との共著)等

中左:中谷日出さん・アートディレクター/NHK解説委員

1991年NHKへ第1期キャリア採用で入局。その後NHKスペシャル「人体・脳と心」のアートディレクション、NHKロゴマークデザインなどに携わる。99年にはNHK解説委員(芸術文化・デジタル関連担当)に就任。一方でメディアリテラシー教育やGマーク(グッドデザイン賞)の審査委員にも取り組む

左:奥田充一さん・株式会社memesスクエア代表

京都造形芸術大学/京都精華大学等の非常勤講師。シャープ株式会社にて、ソフトデザインセンター(元UXデザイン室)を設立し、UXデザイン開発を指揮推進。また総合デザインセンター所長として全社デザイン戦略、商品デザイン開発、UXデザイン開発、デザインブランドの構築を指揮指導し、「ザウルス」など多数のヒット商品を手がける。

■「ちゃかぽん」とは、日本文化そのものだ。

「有斐斎弘道館」の館長・濱崎加奈子さん(右)と代表理事の太田宗達さん(左)は、着物で登壇。

濱崎 『有斐斎弘道館』はもともと1806年に皆川淇園という儒者がつくった京都の学問所でございます。ここでは当時、全国から3000人もの門弟が集いました。なぜここまで人が集まったかというと、彼が非常に多方面に活躍し、各地に名を轟かす、儒者で、芸術家で、科学者で、哲学者だったからなんですね。

ところがですね、2009年、ずっと京都御所の横に建っていた数寄屋造りの『有斐斎弘道館』の場所にマンションが建設される計画が出て、取り壊しの危機を迎えました。

しかし貴重なこの文化財を保存しようと多くの研究者や企業の方々のご協力を受けて、この建物を保存、同時に、学問所として再生させようとスタートをしたのが、現在の『有斐斎弘道館』であります。

太田 この学問所のテーマが「ちゃかぽん」。「ちゃかぽん」いうのは、お茶、和歌、そして能を表す言葉で、あの井伊直弼のあだ名だったといわれています。直弼は井伊家の当主でありますが、彼は34歳まで世に出ることなく「埋れ木」のように生きた。そのときに、こうした芸事や文化的な知見を磨いていったそうです。

そんな多彩な日本文化、「ちゃかぽん」を学べる場として、われわれも『有斐斎弘道館』を立ち上げまして、具体的には「茶事を学ぶ講座」「源氏物語を読む講座」「落語と歌舞伎芝居を考える講座」「花街の研究」「公募による菓子展」など、さまざまな活動を展開しております。こうした京都、日本の伝統文化を、次代に継承していきたい。未来につなげていきたいなと考え、日々、運営させていただいています。

濱崎  日々、弘道館の活動をしている中で実感するのが、「“アート”と“サイエンス”、“芸術”と“テクノロジー”が日本の伝統文化においては切り離されたものではなく、そもそも渾然一体になっているのではないか」ということ。
それこそが日本文化の優れたところであり、世界に伝えるべき価値なのではないか、ということを強く感じております。

そこで今回は、デザイン、ITという角度からあらためて有斐斎弘道館、あるいは京都、日本文化をネタにしていただきながら、お話いただければと考えております。

■「型」や「プロトコル」がクローズアップされる悲劇。

デザイン、テクノロジー“担当”はこちらのお2人。左から奥田充一さんと、中谷日出さん。会場では中谷さんお手製のデジタルアーカイブに関する資料も配られた。

奥田 プロダクトデザインやUXデザインというものに携わってきた私にとっては、インタラクティブアートというものも、自分の領域なんですね。しかし、以前、太田さんと知り合い、あらためて茶事というものに触れたときに「これはめちゃくちゃにおもしろいインタラクティブアートや」と気付かされたんです。

濱崎 どういうところが?

奥田 我々は普段、「言葉」というものに感情や思考を縛られています。学校の試験も、言葉で回答するテストの点数で、賢さが判断されがちですね。なにか「言葉」で言い表されないことは、存在しないかのように感じてしまう。ところが、実際は「言葉」では表せない情報はあまたあるわけです。俗にいう「感性」みたいなもの。
味や香りについての情報は、「言葉」では伝えられないんです。「甘い」「辛い」などと言葉をあてはめて表現しているだけのことでね。

濱崎 なるほど。

奥田 ところが、「お茶」にはそれらがすべてある。味もあれば香りもあるし、所作もあれば、庭や花もある。こうした「言葉」では言い表せない、多彩な情報が茶事によって創られた空間で表現されて、招かれた客たちは五感を大いに刺激される。またそうしたそれぞれの感覚に落とし込まれた刺激から、亭主が向けてきた、思いが伝わる構造になっている。

太田 それは本当にそうでして、「茶」はホストとゲストの「感性的対話」なんですよ。たとえば、今日のゲストが誰か、何を伝えたいかによって、茶室の花や掛け軸、茶やお菓子はもちろん、茶室までの踏み石の位置、庭の景色まで替えたりします。ホストは何重にも仕掛けを用意するんです。
そもそも本格的な茶事であれば4時間あって、懐石料理を食べ、酒を飲み、酩酊させたうえで、一旦庭に出てもらって、お茶を淹れる…。これ完全にカフェインコントロールなんですね。こうしてホストは視覚、触覚、味覚、聴覚など、あらゆる知覚を刺激する情報を発信して「仮想空間」を作り出す。ゲストはそれを無意識に、瞬時に受信するわけです。

奥田 おもしろい!

太田 「うちの流派はこうせよ」「着物はこれを着なあかん」とか、“茶事”というと、めんどくさい「しきたり」や「型」ばかりがクローズアップされますが、それは道具立てだけの話で、本質ではない。信長や秀吉の頃から、すぐ茶器などの道具自慢をしたがる人間がいるのがいかんのですわ。

奥田 そうそう。「茶」に限らず、伝統文化というと、すぐに「作法」や「型」、いわゆる「プロトコル」の話ばかりになって、それがまた息苦しいイメージを生んでいたけれど、伝統には本来、ものすごく大きくて多彩な価値があります。
「モノの形を通して、それに触れた人になにかを感じてもらいたい…という意図を持つデザイナーのような人間こそ、伝統から得るものが大きいのではないだろうか」
そう考えて、実際に、会社の若手社員を連れて「茶事」を開いてもらったりして、大いにその効果を実感しました。

太田 本来ね、あらゆるものを使って、表現したいなにかをつくる「ブリコラージュ」が「茶」なんです。
あらゆる五感を刺激させ、“認知”の授受をしていくということは、「茶」だけでなく、日本の伝統文化全体に通じるところ。それこそが、世界に誇る文化的価値であり、デザインや芸術、コミュニケーション、さらにはビジネスの分野においても転用できるのではないのかなと感じています。

濱崎 お茶に代表される伝統文化には、こうしたとても多彩な“意味”と“価値”があり、“実用性”もある。ただ「型」や「作法」が邪魔して、とてもハードルが高く感じられている。実際、有斐斎弘道館でも「もう少し敷居を下げてくれ」と言われることがあります。

太田敷居そのものは下げなくていいと思うのですが、きっかけづくりのしくみや構造は考えたほうがいいのかもしれない。たぶん、そういったコミュニケーションを変える際のオーソリティが、中谷さんです。

■茶事、有斐斎弘道館、京都――。すべてをパラメータに

「茶」を科学した資料が登場!

中谷 いま、私がプロジェクトで進めているものの一つに“デジタルアーカイブ”があります。新しいものを生み出すためには、過去のものを有効に使う必要がある。デジタルによって数値化して残していくことは「再現性が生まれる」という効能があるのです。残していきたい文化なども、当然、デジタルアーカイブ化すれば、最もいい状態で後世に残し、世界に伝えることができる。
たとえば、グーグルは今、世界中の美術品を超高画質でスキャニングする事業を世界中で始めています。日本の東京国立博物館の所蔵物もほとんど彼らにデータ化されているはず。すると世界中の美術品が、VR上で再現でき、広くアクセスでき、未来に残すことができるわけです。
こうした技術とあわせ、有斐斎弘道館のハードはもちろん、そこで行われる伝統文化そのものもデータとして残していけば、再現性があがるとともに、興味を持っていただける方も増えるはず。

濱崎 なるほど。太田さんは「伝統文化」を科学で解析することで博士号をとられていますよね。いかがですか?

太田 私、今日はこうして着物組に座っていますが、ほんまはあっち側(奥田氏、中谷氏を指して)なんですね(笑)。なので、実は「茶」の手前における定量化をはかろうと、モーションキャプチャーでエキスパートとノンエキスパートの「茶」の入れ方の違いをデータとして解析することなどをしてきました。
ちなみに、「茶」をいれるとき右肘が絶えず動いている結果、エキスパートとそうじゃない人で「加速度の傾斜」が変わってくることが分かりました。心の投影の表現の中で一番大きいんじゃないかな、とか。

中谷 おもしろいですね。そういうパラメータも含めて、すべてデジタル化して、かつてあったバーチャルリアリティのSNS「セカンドライフ」のようなスタイルで『有斐閣弘道館』が残せたらおもしろいと思うのです。
日本の伝統文化に触れようとしたら、ネットを介して世界中の人がバーチャルリアリティによって保存された、お茶や花や、踊りやお香に触れられる。得てして、太田さんが「お茶は仮想空間」とおっしゃいましたが、まさにその再現ですね。

濱崎 伝統文化の人間からすると「リアルの世界でしか伝わらないものがあるのではないか」とも考えてしまうのですが…。

中谷 基本的にリアルにかなうとは思いません。しかし、だからこそバーチャルで記録しておくことが非常に大事だと思うのです。たとえば、京都の町をすべてVRで再現しておかないと、朽ちていく建造物、失われていく景色や文化は多い。
町家などはもう確実に消えていきますよね。しかし、いまデジタル化してVRにすればそれが残る。世界の人たち、未来の方々に、それを伝えることが確実にできるわけです。

奥田 今、停滞する経済や、世の中ではイノベーションが求められていますね。それは異なる文化、異なる知見が合わさったところに生まれる。私たちデザイナーが有斐斎弘道館に触れることで刺激を得られたように、その機会を増やすことになりそうですね。

濱崎 それは有斐斎弘道館のみならず、伝統文化を多く有する京都全体にあてはまるお話かもしれないですね。

中谷 どんな優れたものでも、世の中のニーズと合わなければば、イノベーションは成功しないんですね。世間の伝統文化に対するニーズがどこにあるのか。伝統文化側はそれを把握できていないから、迷っている。裏を返せば、そこさえつかめば、必ず広がり、残り、さらに価値あるものになるのだと思いますね。

濱崎 中谷研究室としてがんばります。

中谷 なにか寄り添えた気がします(笑)。