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旅するバーテンダー・
阿部央さん
水と酒の町に息づく
職人の技と想いに出会う
 

プリンスホテルの最上級ホテル「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」の「The Bar illumiid」で腕を振るうバーテンダーの阿部央(あべ・あきら)さん。彼が旅した地域からインスピレーションを受けて創作したカクテルを提供するJOURNEY企画の第2弾が始まります。(イベントの詳しい情報はこちら
今回の舞台は京都・伏見。古くから京都と大阪を結ぶ水運の要所として、多くの人や物が行き交ってきました。かつて町の名を「伏水」と表したほど、良質な水に恵まれた町では、酒造りが盛んに行われており、現在も20以上の酒蔵で日本酒が造られています。旅するバーテンダー阿部さんが、伝統と革新を背景に活躍する伏見の職人を訪ね、この地に息づく技と想いに触れました。

〈プロフィール〉
阿部 央(あべ・あきら)
1985年神奈川県生まれ。ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町「The Bar illumiid」バーテンダー。大学では政治経済を専攻。卒業後アパレル会社勤務をはじめ多彩な経歴を持ち、都内のバーやホテルバーでの経験を経て、2017年12月より現職。2018年2月、世界で最も権威があるとされる「バカルディ レガシー カクテル コンペティション 2018」の日本大会で優勝。同年4月にメキシコで開かれた世界大会に日本代表として出場し、世界トップ8に選出された。

文・新家康規(アリカ) 写真・木村有希


伏見最古の酒蔵で見つけた
米本来の旨味が広がる日本酒


増田德兵衞商店では、5人の杜氏と蔵人が全23銘柄の日本酒を醸す


阿部さんがはじめに訪れたのが、1675(延宝3)年創業の増田德兵衞商店。日本で初めて販売された発泡性のにごり酒『月の桂』で知られる、伏見で最も古い蔵元の一つです。約150年前に建てられた町家で、14代目当主の増田德兵衞さんが迎えてくれました。
「京都の酒といえば、何と言っても日本酒。一般的に女酒と呼ばれていますが、どんな特徴がありますか?」という阿部さんの問いに、「伏見の酒は京料理とともに育まれたと思います。個性の強すぎる酒はお料理との相性が悪く、さまざまな料理と喧嘩をしない良い意味で個性が出すぎない酒が造られたと思います。兵庫県・灘区のように硬度の高い水で造られた酒に対し、中硬度の水を使って醸すのでやわらかな女酒と呼ばれているんです」と増田さん。まずは酒造りの現場を見てほしいと、蔵の中を案内してくれました。


14代目当主・増田德兵衞さん(右)が蔵の中を案内してくれた

酒造りに欠かせない水と米。増田德兵衞商店では、水は地下70mから汲み上げる硬度50程度の地下水を、米は34年前から自ら育てた酒米「祝」を使っています。井戸や麹室などを見学しながら、阿部さんが「同じ醸造酒であるワインのクオリティは、ブドウの出来に左右されることが多いですが、日本酒も米の出来に影響されますか?」と質問。主観ですがと前置きした上で増田さんは「酒の質を決める割合は、ワインはブドウ7割・技術3割。日本酒は逆で、米3割・技術7割と考えています。技術者集団である杜氏や蔵人の力で、酒の味をコントロールしていきます。タンクごとに酒の味を変えたり揃えたりし、味わいのバラエティを出していく。これが難しいのですが、酒造りの面白みはここにあるとも感じています」と答えました。

磁器の甕で熟成中の古酒。蒸発を防ぐため漆塗りした桐製の栓をしている

蔵の一角には、貯蔵された磁器の甕がずらり。蔵内の温度で酒を寝かせ、古酒が造られていました。現在蔵の中には、20リットルの甕が約1,200本ほどある。
「ヴィンテージである古酒の需要が高まっていると聞いています。古酒ならではの味わい、おいしさはとても魅力的です」と阿部さんが言えば、「日本酒は精米歩合を競いました。なかには10%や7%なんていう米を削りに削った酒も。ただ、この部分での競争はそろそろ終わったのではないか。これからは精米歩合だけによらず、バラエティに富んだより深い味わいが求められていくと考えています」と増田さん。
50年を超えるという古酒を前に「ブランデーやウイスキーも50年ものになると、滋味豊かな味わいの余韻が口の中に残ります。日本酒の場合どのような味になるのでしょうか、いつか試してみたいです」という阿部さんの言葉に、「30年を超えると、濃い琥珀色になり、ドライさは残しつつマデイラ・ワインのような甘みも。日本酒は長年にわたり寝かせられるのではないかと思います。これらもまだまだ、100年は寝かせてみようと考えています」と増田さんは微笑みます。

見学の合間に、蔵の裏手を流れる鴨川・高瀬川・桂川の三川を散歩

一つずつゆっくりと味わいながら試飲をする阿部さん


蔵を見学した後は主屋に戻り、現在増田德兵衞商店が造る23種のお酒のなかから代表的な銘柄を試飲。最初に阿部さんが選んだのは『純米大極上中汲にごり酒』。封を開けると、華やかな香りが広がります。「さっぱりとした口当たりで舌の上で飲む感じ。香りも主張しており、カクテルにも使いやすいお酒ですね」
いくつか試したなかで、阿部さんの一番のお気に入りは、京都産の酒米・祝(いわい)を精米歩合80%で醸した『祝80%純米酒』でした。「米本来の味わいが口のなかに広がりますね。日本酒の良い部分を凝縮した感じ。ほかのお酒に比べて酸味も強いですが、カクテルの場合どう使おうかとアイデアが広がります。いろいろな可能性を感じる一本です」
「酒造りは毎年が新しいチャレンジ。まずは自分が飲んでおいしいと思うものを造ることが大切だと信じ、日々挑戦しています」と増田さん。さらに「古くから京都で愛されてきた伏見の日本酒が、どのようなカクテルに生まれ変わるのか楽しみにしています」と阿部さんに熱いエールが贈られました。


増田徳兵衞商店
京都府京都市伏見区下鳥羽長田町135https://www.tsukinokatsura.co.jp/ec_shop/company/ 


京都産の水・ボタニカルにこだわった
和の味わいが開花するクラフト・ジン

『季の美』のほか、高アルコール度の『季の美 勢』、玉露と碾茶を使った『季のTEA』なども


続いて阿部さんが訪れたのが、日本初のクラフトジン専門の蒸溜所・京都蒸溜所。
ドライジンの発祥国・イギリスと京都の伝統と技術が融合して生まれた代表銘柄『季の美』は、プレミアムジンとして高い評価を受けており、阿部さんもカクテルのベースに使うことが多いのだとか。
一般的にジンは、小麦やトウモロコシなどのベース・スピリッツに、ボタニカルと呼ばれる植物由来の成分を加えて蒸溜しますが、京都蒸溜所では、マイルドでほのかな甘みを持つ米から造る原酒に、11種類のボタニカルを6つの特性に分けて別々に蒸溜。最後にブレンドして味を調えるという製法で行っています。ブレンドを担当する佐久間雅志さんは、『季の美』のやわらかで繊細な味を生み出すために伏見の水は不可欠だと言います。「アルコール度数90度のスピリッツを45度まで調整するために加水します。通常は純水を使いますが、地下水が豊富に湧く伏見が近いこともあり、この水を使わない手はない。ご縁もあり、増田德兵衞商店さんの仕込み水をいただいています。ボタニカルは京都産の原料を中心に使用していますが、伏見の水も『季の美』に欠かせない京都の素材の一つと考えています」 


ドイツから購入した単式蒸溜機の前で、蒸溜について解説する佐久間雅志さん

佐久間さんから説明を受けた後は、蒸溜機や大型タンクが並ぶ蒸溜所内を見学。「『季の美』をお出しすると、よく“日本らしさを感じる味”という感想をいただきます。その味わいの秘密は?」という阿部さんの問いに、「ジンには、ジュニパーベリーと植物由来のボタニカルを使うということ以外、厳密な決まりがありません。それゆえにボタニカルに何を用いどう個性を出すかが、造り手の腕の見せどころ。京都産の柚子や紫蘇、生姜、お茶の玉露といった原料を用い、できる限り新鮮な状態で収穫し保管したものを蒸溜するので、和の素材が持つ本来の香り・味が『季の美』の個性になっています」。収穫後すぐに真空冷凍保存した京都・水尾産の柚子や、宇治の玉露などを保管庫から出して見せてくれました。 

ジンの味わいの骨格となるジュニパーベリーの香りをテイスティング

6種のエレメントの原酒を味わう阿部さん

見学の最後は、阿部さんお待ちかねのテイスティングへ。まずは「ジュニパーベリー、オリス、檜」「柚子、レモン」「山椒、木の芽」「生姜」「玉露」「赤紫蘇、笹」に分けられた6つのエレメントの原酒をそれぞれ試飲。その後、6種をブレンドした『季の美』を味わいました。「原酒はボタニカルそのものを味わっている感じ。これが一つにまとまると、スピリッツのカドが取れて、とても飲みやすくなる。口の中でボタニカルが一度に花開くようで、最初の香りから最後の余韻まで、いろいろな表情が出てきますね」と笑顔の阿部さん。
海外からも多くのゲストを迎える「ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町」の「The Bar illumiid」で、海外からのお客様にはとりわけ『季の美』をおすすめするという阿部さん。ジントニックやカクテルベースを提案することが多いそう。「造り手の方のおすすめの飲み方は?」と聞くと、佐久間さんは「ジン本来の味を感じてもらうなら水割りを。でもお湯割りもいいし、日本酒と合わせたりするカクテルも、ぜひ一度試してみてください。私はこれをベースにマティーニで飲むのが好きです。よくバーテンダーさんから、『季の美』はジンとして完成されているから、いじる気にならないとお褒めいただくのですが、造り手としてはぜひ新しい表情・魅力を引き出してもらいたいです。阿部さんの新しいカクテル、楽しみにしています!」


京都蒸溜所
住所非公開
https://kyotodistillery.jp/


植物を使って染め上げる
日本古来の華麗な色彩美

工房の一角には、吉岡さんが染めた鮮やかな布が

増田德兵衞商店で日本酒、京都蒸溜所でクラフト・ジンの魅力を再確認した阿部さん。旅の最後に向かったのは、絹や麻、木綿などの天然素材を植物染料で染め、日本古来の色彩を再現する染色家・吉岡幸雄さんの工房「染司よしおか」です。「バーでお酒を提供する際、お客様がまず最初に見るのはお酒の色です。京都をテーマにしたお酒には、和を感じる色彩を使いたい。日本を、京都を感じる色に出会えれば嬉しいですね」と阿部さん。
静かな住宅地の一角に佇む工房で迎えてくれた吉岡さんが、まず見せてくれたのは、庭先に設けられた井戸でした。「地面から約90m掘り下げて汲み上げた地下水を染色に使っています。水に含まれるミネラル分に色素が反応すると変色するので、染色にはミネラルが少ない軟水が最適。昔イギリスで実習を行った際、現地の硬水で染色したら、ここの水に比べて2割ほどくすんでしまいました。伏見の水は染色にはもってこいのいい水なんですよ」と吉岡さん。

日本古来の色について研究を続ける吉岡幸雄さんに伝統色について教えてもらう

工房の軒先に掛けられた色鮮やかな布を見つけ「すべて植物で染めたとは思えないほど鮮やかで美しい色ですね」と見とれる阿部さんに「植物からは、変な色が出てくることはありません。自然界にあるものをいただいて、移し変えているだけです」と吉岡さん。「たとえばお茶でも染めることはできますか?」と聞くと、「お茶でも染めることは可能でしょうが、緑は定着しにくく難しい色です。緑を出す場合、私はいったん布を藍色に染め、その後さらに黄色に染めています。これは先人が導き出した技術。歴史に学ぶべきことは多いですね」
また、日本の染色技術は奈良時代から桃山時代にピークを迎えたと吉岡さんは語ります。「1250年以上前に建てられた奈良の正倉院の中には、驚くほど鮮やかな染め物が遺されています。現代では“侘び寂び”“禅”などが日本文化の代表的なイメージとして挙げられ、シンプルな色彩が日本らしいと考えられている節がありますが、それは一つの側面でしかありません。本来の日本の色彩はもっと明るく華麗なものでした。こうした色があったからこそ“侘び寂び”が成り立ったのだと思います」。阿部さんは「お話をうかがい、お客様がハッとするような鮮やかな色をカクテルで表現したいと思いました。正倉院の染色に負けないきれいな色を表現してみたいですね」と、華やかな色彩に目を奪われていました。


染司よしおか 京都店(改装中につき仮店舗)
京都府京都市東山区祇園町南側570-210 ZEN 2F
https://www.textiles-yoshioka.com/


伏見を旅してつくる、新しい「カクテル」とは

京都蒸溜所でテイスティングをする阿部さん

京都・伏見を旅し、土地に根ざして本物を作り続ける人々に出会った阿部さん。京都をテーマにした新しいカクテルのヒントは見つかりましたか?
「初めて伏見を旅し、強く感じたのは、この土地から湧く水がいかに多くのものを生み出してきたか。また、酒蔵、ジンのボタニカル、染料など、それぞれの香りも印象に残りましたね。そして、今回会った御三方の、ものづくりにおいてしっかりした芯を持ち、常にチャレンジをする姿勢で、伝統を大切にしながら新しいものへ探求を続けるスタイルに刺激を受けました。出会ったすべての人やものへの感謝の気持ちを込め、伏見を旅して感じたことを、私なりに一杯のカクテルで表現してみたいと思います」
阿部さんの作る新しいカクテルは、2019年10月1日〜11月末まで、ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町「The Bar illumiid」で提供されています。

ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町 
https://www.princehotels.co.jp/kioicho/

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