京都人の小さな幸せ
シリーズ2 京都の座るとこ

#01京都御所のベンチ

京都御所のあの広い公園に、ぽつんと置かれたベンチがある。芝生の縁、砂利道の手前。木々に囲まれていて、空だけがぽっかりと抜けている場所だ。そこに腰を下ろすと、木の影がちょうど背中にかかる。日差しは強いのに、直に当たらないぶん、居心地がいい。
午前中はもう初夏みたいな暑さがsay helloしていて、半袖でもいいくらいなのに、夕方になると急に風がひんやりする。京都のこの気温差はなかなか手強い。何を着ればいいのか、朝の時点ではいつも正解が出ない。しかも花粉の季節。目がかゆいどころか、朝起きると少し腫れている日もある。今日は自宅警備してようか、なんて思う日もあるけど、このベンチに座ると、それもまあいいかと思えてくる。
(いやよくないだろ)

ここに座って見える景色は、特別なものじゃない。芝生が広がって、少し先に砂利道、その向こうに木が並んでいるだけ。でも、その「だけ」がちょうどいい気がする。視界のどこにも急かしてくるものがない。スマホを開かなくても、退屈しない時間がちゃんとある。
最近、サンドイッチを作るのに少しハマっている。鯖缶にマヨネーズと粒マスタードを混ぜて、それをレタスと一緒にパンに挟むだけの簡単なやつ。でもこれが、外で食べるとやけにうまい。少し酸味が効いていて、風に当たりながら食べるとちょうどいい軽さになる。今日も持ってくればよかったな、と思いながらベンチに座っている。次はここで食べよう、なんて考えている時間も悪くない。
小さい頃は、公園に行くのが当たり前だった。放課後になれば友達と集まって、ベンチに座ってだらだら話していた。何を話していたのかはほとんど覚えていないけど、あの時間のゆるさだけは体に残っている。でも大人になると、公園に行く理由がなくなる。気づけばベンチに座ること自体が、ちょっとしたイベントになっている。
だからこそ、こうして意識的に座ってみる。何かをするためじゃなくて、何もしないために。風が葉を揺らす音とか、遠くで誰かが歩く足音とか、そういうものが入ってくる。気づくと、さっきよりゆっくり息をしている気がする。
京都には、こういう少し立ち止まれる場所がちゃんとある。名前のないベンチで十分だと思う。たまには座る。それだけで、日々のリズムが少し整う。
大げさじゃなく、こういう時間が、小さな幸せなんだと思う。

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